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自我とは社会とつながり(相互承認)、存在をみてめられ(アテンション)初めて感じることができるものである。社会とつながっていない限り自我も自由もない。

 

悩む力

アダム・スミスは幸福であるための条件を"平静(tranquility)"と、"享楽(enjoyment)"の2つがあることだとした。平静なしに享楽は得がたく、平静があれば、ささいなことでも享楽と思えるので平静であることが重要である。

たしかにものすごいハプニングが起こると、平静な状態がものすごく気持ちいいというか、幸せを感じるときがある。小さいところでいえば学校でのテスト中におなかが痛いときの波がおさまったときなんてそうだ。いつもの(普通の)状態がなんて幸せなんだろうと感じる。

もっともなところでいえば戦時下がそうだろうし、映画でも、ターミネーター2や24日間でそんなシーンがでてくる。

要はそういう非常事態のときに感じられる(しか感じられない)平静を日常的に感じられれば幸せだといういことである。

スミスは平静を感じるための3要素として次の3つをあげる。

"健康であること" "負債がないこと" "心にやましいところがないこと"

したがって幸福を感じるためにこれ以上求めるものはなく、それでも実際、人間がより多くの富を求めたがるのは、富が増えると幸福が増すと考えるからだがそれは幻想でしなく、人から(自分の実力以上に)称賛されたいといった虚栄心等からくる人間の弱いこころゆえだという。また、財産や名誉、出世といった欲がでればたちまち幸福の状態は不安定になる。とはいっても財産については、負債がないぎりぎりではなく、多少余裕があった方がいい。負債がないから負債があるに転落して場合は、"悲惨"であるから。

また、心にやましいところがないようにするには、スミスがいう、自分の中にある利己的ではない公平な観察者と違わない判断をすることである。

  

アダム・スミス

 

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