hidesa: 2009年1月アーカイブ

バブルとは経済の基礎的条件(ファンダルメンタルズ)以上に不動産の価格や株価が上昇するような現象のことで、つまりは実体のない(虚構)の繁栄である。

ではなぜのこのバブルが起こるのか。

ひとつの考え方としてリスクテイクバブルというものがある。(すべての経済はバブルに通じるより)リスクの高いもの(=流動性の低いもの(ex不動産)、貸し倒れの高いもの (exサブプライムローン))がまとめられ金融商品化される(exREIT)ことによって流動性が高まり、取引が成立する状態になることで、人々は利回りの高いそれを売買できることで市場参加者が増え需要が増える。その結果、価格が上昇していく。そしてそれはたとえば大元の不動産価格の上昇をもたらし、結果再び、金融商品のさらなる上昇の余地をつくる。

リスクであるものがリスクでなくなるように見えてしまう。だから通常、大幅にディスカウントで取引されるべきものが、健全商品と同等のような値段まで上昇(ミスリード)してしまう。その結果、健全商品も相対的なリスクの低さから上昇、全体としてバブルが形成される。その後もババ抜きのように過剰に資金が流入しさらにバブルが膨れ上がりやがてはじける。

リスクテイクバブルといえばリーマンブラザーズが破綻したがインベストメントバンクも同様のことがいえる。外資系証券の運用担当社員は実力主義という形で実績が給料に反映される。成功すればその利益に応じた分の給料がもらえ、失敗したらクビ。リスクとリターンがあっていない。失敗しても負債を背負うわけではにのだから社員はどんどんリスクの高い商品に手をだす。結果うまくいけば莫大な収益を証券会社とその社員にもたらす。一方で手堅く運用していた社員は、数字上見劣りすることになる。こ結果彼らもリスク商品にとびつかざるをえなくなる。(バフェットのように30年のスパンでみてくれる証券会社があれば別だ)


すべての経済はバブルに通じる

自我とは社会とつながり(相互承認)、存在をみてめられ(アテンション)初めて感じることができるものである。社会とつながっていない限り自我も自由もない。

 

悩む力

アダム・スミスは幸福であるための条件を"平静(tranquility)"と、"享楽(enjoyment)"の2つがあることだとした。平静なしに享楽は得がたく、平静があれば、ささいなことでも享楽と思えるので平静であることが重要である。

たしかにものすごいハプニングが起こると、平静な状態がものすごく気持ちいいというか、幸せを感じるときがある。小さいところでいえば学校でのテスト中におなかが痛いときの波がおさまったときなんてそうだ。いつもの(普通の)状態がなんて幸せなんだろうと感じる。

もっともなところでいえば戦時下がそうだろうし、映画でも、ターミネーター2や24日間でそんなシーンがでてくる。

要はそういう非常事態のときに感じられる(しか感じられない)平静を日常的に感じられれば幸せだといういことである。

スミスは平静を感じるための3要素として次の3つをあげる。

"健康であること" "負債がないこと" "心にやましいところがないこと"

したがって幸福を感じるためにこれ以上求めるものはなく、それでも実際、人間がより多くの富を求めたがるのは、富が増えると幸福が増すと考えるからだがそれは幻想でしなく、人から(自分の実力以上に)称賛されたいといった虚栄心等からくる人間の弱いこころゆえだという。また、財産や名誉、出世といった欲がでればたちまち幸福の状態は不安定になる。とはいっても財産については、負債がないぎりぎりではなく、多少余裕があった方がいい。負債がないから負債があるに転落して場合は、"悲惨"であるから。

また、心にやましいところがないようにするには、スミスがいう、自分の中にある利己的ではない公平な観察者と違わない判断をすることである。

  

アダム・スミス

 

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